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前回はTEDのことに繋げるつもりだったのに、ちょっと違う方向に話が行ってしました・・・
最近、朝一でTEDのプレゼンを英語の字幕を映像にあわせて読み上げて、仕事中は音を流して耳からインプットしています。
知らない方もいると思うのでリンク貼っておきますTED http://www.ted.com/

なかなか面白いですよ☆

語学の勉強以外にも理由はあります。

共通の理由のためにもうひとつ折り紙こんな感じで折り紙的なことをしています。

ちなみに教科書は 
デザイナーのための折りのテクニック 平面から立体へデザイナーのための折りのテクニック 平面から立体へ
(2012/09/14)
ポール・ジャクソン

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 を使っています。

あとは左手でメールや歯磨きしたり・・・

こんなことする理由は老いたくないというか、容姿が年とともに変わることはそんなに嫌ではないんですが、頭が固くなるのは本当に嫌だなぁと思うわけです。例えば、「最近の若者の言葉は乱れておる!!」みたいな事を言う爺さんにはなりたくないと言うことです。もしかしたら、そういう人がいてうまく社会がまわっているのかもしれませんし、もちろんそういう爺さんもいてもいいとは思うのですが、僕はなりたくないなと思っています。若者の言葉が乱れていなかったときなんて有史以来ないと思ってしまうし、そんな事言うなら、じゃあ平安時代の言葉で喋ればいいじゃんとか思ってしまうわけです。
若者言葉は生まれては消え、生まれては消えと。例えばチョベリバとかありましたよね。最近では激おこぷんぷん丸とか。これは・・・ってまた脱線しそうなので、言葉の話を深く掘り下げるのはまた機会があればにしますね(´д`ι)
外国語を学ぶと普段使わない脳の領域が活性化するらしいです。折り紙もたぶんそう、利き手と逆を使うのもそうだと思い・・・思い込んでいます。

紳士服をずっとやってると、頭が固くなるというか、固定観念的なものがどうしてもついてきます。少なくとも僕の場合は・・・レディースに比べてルールなんかが重んじられてデザインの幅が狭いことが影響しているのだと思います。それに実際約100年前とあまり変わらない製図が使われているという事も実際にあります。誤解しないでいただきたいのは、あくまでもあまり変わらないで、全く変わらないではありません。
そんな事から「メンズのスーツは完成されている」なんて言う人がいます。

ここからシーラカンスの話へ…おいおい何でシーラカンスなんだと思われるかもしれませんが、共通点があります。その共通点とは長いこと変わってないということです。勿論、時間的にはシーラカンスは3億5000万年なので圧倒的ですが、変わってないのの何が凄いかってことです。
例えば、今とほとんど変わらないPCのOSが100年後も現役だったら、そのOSは凄い発明だと思いますよね?そんな感じです。昔にデザインされた形が今も現役!!それこそシーラカンスは完成された凄い発明なんです。

じゃあ、スーツも完成されているでいいんじゃ・・・と思うかもしれません。

ちょっと違うんです。シーラカンスもヴァージョンアップしようと遺伝子は何度も何度もトライしているんですが、結果的に今が環境に最適ってことで形がほとんど変わっていないだけなんです。OSのエンジニアも、もっといい物を作りたいと何度も何度もヴァージョンアップを試みた結果、なかなか現在の状態を超えるものが出来なかった…それが正解なんです。

だから、スーツもユーザーが完成されたと言うのはいいとしても、クリエイター側が完成されたとは絶対に思ってはいけないと言うのが結論です。
絶対にとか言っちゃいましたが、多様性は大事なので、完成されていると思ってるクリエイターがいてもかまわないんです、本心は(;´Д`A ```
僕はヴァージョンアップというか進化というか分化させたいなとか思っちゃいます。そんで分化した幹が太いものになればより嬉しいななんて思ったりしています。

さぁ、今日もヴァージョンアップを試みるために、英語や折り紙、利き手の逆で歯磨きしますか!!




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こんばんは。
哲学とか仰々しい名前のカテゴリにしちゃいましたが、カジュアル哲学なんで・・・

常々思うこと何ですが、洋服作りってのはかなり工学というか、理系的な分野だと思っているのです。

よくデザイナーへのインタヴューなんかで、ファッションはアートか?という質問を見かけることが多いと思います。

デザイナーによってアートではないと答える人もいれば、アートより下に見られていることが悔しいという内容を語っている人もいる。

僕個人の考えは「アートではない」です。

ただの定義づけの問題になっちゃいそうなんで、記しておくと、現在一般的に広く思われている概念でアートという文脈を語っています。

で・・・最初の理系的分野という話にもどりますが、洋服作りにおいて実質やっていることは、かなりの部分が工学というか理系分野のことをあまり計算式や化学記号を使わずにやっているだけなんです。

例えば型紙をおこす作業は力関係を考えながら平面から立体を作るわけで、アイロン操作も水分を与えて動きやすくしながら熱で固定する。

わぉ☆実に工学的ですね!

それで、美的感覚に関してもかなり数学が関係していて、黄金比(1:約1.62)や白銀比(1:約1.41)、1:1の等分に分けられたものを人は安定していると感じているようです。

じゃあそれなら、それを型紙にも採用しちゃえってことで、丈の長さからウェスト位置まで色々な所に使ってみています。ただ昔の人は偉かったようで通常の割り出し方でも結構いい線いってます。

しか~し!!
例えば今は丈が短めが流行なんで2センチ短くしておこうとか、安易にやっちゃうと大怪我のもとなんです。やっぱり短くするにでも、身長や顔の大きさ、ウェストの絞りをどの場所でとったか、などなどから最適な寸法があるんです。

昔々学生時代ニットの会社でアルバイトさせてもらっていたとき、ポケットのフラップをつけるという作業をしていたんです。そのときに気づいたのは大体5ミリづれると人は気づいちゃうって事です。
勿論個人差はあるんでしょうが、ポケットに関しては5ミリってのは結構な割合で気づいちゃうみたいでした。
そのことはそこで長年働いている人も同じ事を言っていました。

人間って、意外に繊細にできている様で・・・

なんだかんだ書きましたが、仮縫いをする場合は最後は目視で確認です。これめっちゃ重要です!
ただ仮縫い時に最適を見つけるのにも近似値であがっていた方が見つけやすいという利点がありますので、ある程度割り出しておいた方がいいと思うわけです。

ほんと長々と書きましたが、もしダ・ビンチがこの文章を読んだら、「アートとサイエンスに境目なんて無い!!全て同じだ!!」とか言われちゃうでしょうね・・・


はい・・・僕もその答えが正しいと思います、ダ・ビンチ先生!∑(´□`;)

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